![関心と好奇心 [愛知 研磨 研削]](https://static.wixstatic.com/media/10167f_ad83cb485b6840e6bd6fca7c5eed628c~mv2.png/v1/fill/w_334,h_250,fp_0.50_0.50,lg_1,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/10167f_ad83cb485b6840e6bd6fca7c5eed628c~mv2.webp)
![関心と好奇心 [愛知 研磨 研削]](https://static.wixstatic.com/media/10167f_ad83cb485b6840e6bd6fca7c5eed628c~mv2.png/v1/fill/w_267,h_200,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/10167f_ad83cb485b6840e6bd6fca7c5eed628c~mv2.webp)
関心と好奇心 [愛知 研磨 研削]
先日のコラムで、俳優の佐藤二郎さんの言葉「悩む子ほどよく育つ」を紹介し、その中で「我々大人は本当に正しい答えを出しているのか?考えることを諦めていないだろうか?」という私の疑問を書きました。(先日のコラムはこちらをクリック) これは持論ですが、そこには「関心」と「好奇心」という言葉にポイントがあるように思います。 子どもの周りには、知らない事や不思議がたくさんあります。だからこそ子どもの心は「好奇心」であふれています。「なぜ?」「どうして?」「それって何?」 しかし大人になるにつれ、その不思議は減ってきます。そして「好奇心」はただの「関心」へとかわっていき、さらに忙しさに追われる中で、その「関心」さえ持たなくなってしまう事もあります。 あるグループで「本音で語り合おう」というテーマがありました。その時私はあえて「本音で語り合うってどういうことですか?」と聞いたところ、とても不思議そうな顔をされました。ですが私はこういう言葉こそ深く考える価値があると思っています。「本音とは何か?」「話し合うとは何か?」「本当に本音で話せているのか?」
代表取締役 天野 司
1 日前
![佐藤二朗さん [愛知 研磨 研削]](https://static.wixstatic.com/media/10167f_8fd335e5a2b849bbb4a7e9bca1432bc6~mv2.png/v1/fill/w_334,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/10167f_8fd335e5a2b849bbb4a7e9bca1432bc6~mv2.webp)
![佐藤二朗さん [愛知 研磨 研削]](https://static.wixstatic.com/media/10167f_8fd335e5a2b849bbb4a7e9bca1432bc6~mv2.png/v1/fill/w_267,h_200,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/10167f_8fd335e5a2b849bbb4a7e9bca1432bc6~mv2.webp)
佐藤二朗さん [愛知 研磨 研削]
昨日、俳優の佐藤二朗さんの活躍についての報道を目にしました。個性のあるコミカルな演技で、私も好きな俳優さんの一人です。 その報道の中で、佐藤二朗さんが大切にしている言葉の一つとして「悩む子ほどよく育つ」という言葉が紹介されました。これは、佐藤二朗さんが幼いころにいじめに悩んでいた時に、父親からかけられた言葉だそうです。 私はこの言葉を見て、最近コラムでもよく書いている「考え続ける力」に通ずるものがあると感じました。 以前読んだ本に「子どもは知識や経験が少ないからこそ、大人なら気にも留めないようなことを不思議に思い、考え、悩む」といったようなことが書かれていました。それは子どもの特権のようにも思えます。しかし、逆に大人になった私たちはどうでしょうか?本当に正しい答えを出しているのでしょうか?それとも「もう考えても仕方がない」と考えること自体を諦めてしまってはないでしょうか?私は「悩む」という事は、子どもだけではなく大人にとっても成長につながる大切な時間だと思っています。 実は今、私も天野研磨の新しい挑戦として少し難しい仕事に取り組んでいるの
代表取締役 天野 司
4 日前
![無人駅から考える「信頼」と「仕組み」 [愛知 研磨 研削]](https://static.wixstatic.com/media/10167f_54615fec8f6d4c77936c3bdb53bdf5ed~mv2.jpg/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_30,blur_30,enc_avif,quality_auto/10167f_54615fec8f6d4c77936c3bdb53bdf5ed~mv2.webp)
![無人駅から考える「信頼」と「仕組み」 [愛知 研磨 研削]](https://static.wixstatic.com/media/10167f_54615fec8f6d4c77936c3bdb53bdf5ed~mv2.jpg/v1/fill/w_266,h_200,fp_0.50_0.50,q_90,enc_avif,quality_auto/10167f_54615fec8f6d4c77936c3bdb53bdf5ed~mv2.webp)
無人駅から考える「信頼」と「仕組み」 [愛知 研磨 研削]
2カ月前の新年度に切り替わった4月、私が何十年も利用してきた最寄りの駅が無人駅になりました。 この駅は近くに中京競馬場があり、週末は多くの人で賑わいます。又平日も近くに星崎電機などの大手企業や、大学、高校もあり、常に利用客も多く、「こんな駅でも無人駅になるのか」と驚きました。 もっとも、どの企業でも自動化や省力化はすすんでおり、人材不足もあり、時代の流れと言えばそれまでなのかもしれませんが、一つ気になった事があります。それは改札口が簡単に乗り越えられてしまう構造のままであるという事です。調べてみると、日本での治安の良さや教育、そして混雑時の安全性を考慮し、現在のような改札が採用されているようで、スムーズな人の流れという意味では合理的なようです。 しかし、無人化がすすむのであれば、海外のような回転ゲートなど、物理的な抑制力を強めるべきではないか?といった疑問も感じます。今後は多様な人が行きかうこれからの社会の中で「人を信じる設計」と「仕組みで守る設計」のバランスをどう取るか?今後の日本にとって面白いテーマのように思えます。 ...
代表取締役 天野 司
6 日前













